この盗用騒ぎのちょっと前ぐらいから、サイト運営というものについて、なんかやけに深刻に考えていたので、ここに吐き出して終了とする。

バックグラウンドとしては

・私のブログの収益が月200万円前後から、月100万以下に落ちている(盗用被害により月10万円程度マイナス、グーグルアルゴリズム変動で月20万円程度マイナス、広告主の撤退により月60万円程度マイナスと見積もっている)

・私淑しているアフィリエイト執事さんのこの記事と同じような状況になっていると感じていた。

現在の収益があるのは、某コンテンツのおかげです。某コンテンツは2012年に公開しましたが、その1年前の2011年から強い関心を持っていました。それゆえ徹底的に作り込むことができました。

 その後、某コンテンツの注目度がアップしてPVが激増すると同時に、運営サイトの別コンテンツのPVも増えました。その結果、上記の某クレジットカード案件などからも収益が上がるようになり、現在に至ります。
 競争が激化したため、某コンテンツのPVも収益も減りましたが、運営サイト自体は月100万円以上の収益をあげ続けています。ある意味、某コンテンツの遺産で食っているようなものです。

 残念ながら以前に比べて収入は落ちています。この先も月100万円以上アフィリエイトで稼ぎ続けられるか分かりません。考えてみれば、この不安定さは3年前と何ら変わっていません。
 あまり先のことを考えても仕方がありませんし、それこそ「稼げるときに目一杯稼いでおきたい」の気持ちで、一つ一つ収益を丁寧に拾っていくべきでしょうね。

「アフィリエイト執事ブログ」2016/05/28記事より

同じで不安と同時に、「あ、一緒♪」みたいなね。
先達がいるというのは心強いものです。

・個人サイトが大手サイトに負けるのは、アルゴリズム変動に関わらずよくあることと感じ、不安に思っていた。

たとえば、ここ数年話題のふるさと納税。

「ふるさとチョイス」やそれ以外の大手が参入してくる前には、個人で細々とまとめサイトを作っていた方がおられた。

返礼品を出す自治体自体も少なかったし、ふるさと納税の計算方法もまだ一般に知られていない時期だった。

計算方法に詳しい自治体の方に電話で連絡して教えてもらって記事にしたりね。

手作りのテーブルタグで、コツコツやっておられた。ずいぶん使わせていただいたので感謝。

しかし、ふるさと納税が盛り上がり、アフィリエイト参入がある中で、そのサイトは完全に検索結果からは消えた。
(URL覚えていないから、今どういう状態かわかんないけど。)

サイトっていうのは栄枯盛衰があると思い、私のブログも時代が終わったのかと、なんとなく、平家物語気分になっていた。

・そんな中、かんなちゃんのブログ記事を読む。
おれの逝き方は間違ってるのかもしれぬでござるのまき

かんなちゃんは、同時期にアフィリエイトを始めたアフィリエイターさんで、私よりよっぽどよく勉強して、いつのまにかマーケティングとコピーライティングのプロになっていた。言葉が私の胸に響くことが多い。

かんなちゃんのそのブログ記事を読んで、考えた。

私はどう生きたいか、みたなことをだな。

ブログを書いていること自体には、意義はあると感じる。
(誰かが私の情報を必要としてくれていると感じるから。)

ブログでできた人間関係にもとても感謝している。
(Nさんはじめブログで知り合ったブロ友さんにずっと支えられてここまできた。ameno-hi.comの読者さんも同じく感謝している。ありがとうございます。)

お金は必要なので、年240万は稼ぎたい。

だけど、昨年、一昨年みたいにバカみたいに稼ぎたいとは思わない。
贅沢は嫌いじゃないけど、家族との時間のほうがずっと大事だ。
子どもはすぐに大人になって私なんかと遊んでくれなくなるし、旦那は私より早く死ぬに決まっているから。

http://ameno-hi.com/archives/4280
子どもが子どもの間に、一緒に公園行って、旅行行って、美味しいもの食べさせてやって、ふかふかの布団で寝かせてやりたい。

アフィリエイトに力を入れると、それができなくなる。

息子が1歳頃のとき、私は1日15時間ぐらいアフィリエイト記事を書いていて、息子が遊んでほしくて足の下をちょろちょろしているのを完全無視して、ずっとPCに向かってた。

一番可愛いときなのに、もったいなかったな。

旦那が失業しそうだったから、あの時はあれでやむをえなかったのかもしれないけど。

今は違うじゃん?

とすると、盗用被害を訴えてあれこれ活動したり、検索順位が負けたブログが再浮揚するように手を入れたりする時間は私の人生にとってはムダなことだから、もう放置していいのかなあと思ってた。

のが、7月2日までね。そんでこの記事書いた。

http://ameno-hi.com/archives/6282

今までは、ずっと、お金がたりないってなるたびに、コマネズミみたいにくるくるくるくる働いて、そしたらまた小金ができて、じゃあ趣味に時間を使おうかと思ったら、またお金が必要になって、仕方ないからまたクルクル働くと、その連続。

http://ameno-hi.com/archives/4529

だけどそろそろそこから脱却したいんだよね。

家建てちゃったから、私の稼ぐお金がゼロでは困るわけなんだけど、子どもを放置して、お金のためだけに仕事するのはそろそろやめにしたい。

お金のためじゃなく、自分に意味のあることだと思えるなら、まあアリかと。

ということで、私が命を削って書いた思いのあるほうのブログをパクったサイトについては閉鎖されてよかったと思う。

別にいいやと思っているほうのブログは、まあ、損害が出ていて困っているわけだけど、ちょっと手入れして、再浮上するかどうかは試してみるけど、あんまり手間はかけないことにする。

(パクラーのブログなんて、そのうち沈んでいくと思うから。そんで、私でもパクラーでもない、誰か他の人がそのクエリをさらっていくだろう。そういうもんだと思う。誰にでも真似できる程度の内容なんだから、そんなもんだろう。)

じゃあ、真似できないサイト運営ってなんだろう。

私が価値を感じ、まねされず、10年後も滅びないサイトってなんだろうと考えたのだけれど。

(1)キャラを立てること

(2)専門性を高めること

(3)一般論を書くのではなく、実践し、応用すること

だと思った。

どれも、うっすらとこれまで考えていたことだけれど。

(1)のキャラを立てるというのは、そのままの意味なんだけど。

「この人の言うことだから信頼できる」という気持ちで全ページを読んでもらうこと。

企業の公式サイトではできないのは、「私の個人的な感想」を言うことだ。

公式サイトでは一般論しか語れない。そこから一歩踏み込むこと。

複数のサイトでハンドルネームを使い分けず、一つのハンドルネームでやる。

最終的には、本名の公開や、旦那へのアフィリサイト告白も含め、全部オープンにすることにつながるのだと思う。
現時点ではそこまで思い切れないけどね。

(2)の専門性を高めるというのも根っこは同じ。

専門性がなくてもできるサイトには意味がない。
今回パクられて、閉鎖されなかったほうのサイトがそうなんだけど、

専門知識や、特殊な経験や、資格が必要な情報に特化していかないと。
誰にでも作れるサイトを作っている時間は無駄だということ。
(もちろん、誰にでも作れるサイトを、誰にもできないレベルの熱意で作り、誰でも出来ないほどの頻度で更新していくという行きかたもあるけど、私はそちらは選ばないと決めた。膨大な時間が必要だから。)

(3)の一般論を書くのではなく実践し応用するというのは、ちょっとうまく説明できないんだけど、もっと適切な言葉があった気がするけど。

大学で経営学を専攻して、「トヨタのカイゼン」を学んだ若者が、会社に入って、いきなりカイゼン提案できるわけじゃないでしょってこと。

会社の業務をよく見て、習熟して、問題点を把握して、カイゼン提案に関する人間関係も理解したうえでないと、提案はできない。

(私は一人でやるから、人間関係の部分をスキップできるのはラッキーなことだ。)

士業だってそうでしょ。

その知識は、本屋にいけば、どこかの本のどこかのページには書いてあるわけよ。

だけど、その本を見つけられないし、その本のその事例が、自分にもあてはまるのかどうかが素人にはわかんないから、高い相談料払って専門家に相談するわけで。

だから私が専門知識を持って、それを「読者のあなたに」役立つ形で「あなたのために」書くのだとすれば、それは真似ができないサイトになるだろうと思う。
効率は悪いけどね。

そのためには、読者さんのことをより深く知らなければいけないし、私は何者かということをもっと公開しなければいけないと思うから、それはやはり(1)が大切になってくるのだと思う。

以前から、思いつきで、どーーーーーーーーーーーでもいいサイトで稼げそうとか思いついて作ってしまったり、そんで月1万ぐらい稼いだり、まったくもってムダムダムダの人生なのだけれど、もうそういうのはいいから、意味のあることだけやりたい。

効率はさておき、人生に意味を感じる仕事だけやりたいよね。

そんで、最終的に、意味を感じるっていうのは「人に感謝される」ってことなんだと思う。

人が苦手で家から出たくないっていうんでアフィリエイトを選んだ私が、最後に戻ってくるのは「人から感謝される仕事がしたい」ってことだった。

妙なもんだね。

三島由紀夫も言ってたよ。

仕事をやっていますときに、生の倦怠と言いますか、ただ人間が自分のために生きようとうことだけには、卑しいものを感じてくるのは当然だと思うのであります。

人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬというほど人間は強くないんです。

というのは人間は何か理想なり、何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることにはすぐ飽きてしまう。

https://youtu.be/tzz1-ppIjOg
だってさ。

いやいや、こんなくだらない記事に三島由紀夫なんて貼って、全国の三島ファンのみなさんごめんなさいね。刺さないでね(´;ω;`)
この動画を久々に見たら、胸にすーーーーーっと来たからさ。

私はどうしたいのだろう。60歳のときに、80歳のときに、39歳の私に私が言いたいことって何なのだろうって、ずっと考えているのです。